2011.09.26
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担当:
山田順
私は英語が苦手である。そのことを痛感したのが、前回記事でラップトップをwrap-topと書いて、「バカじゃないの」と多くの方から指摘されたこと。もちろん、lap-topが正しく、このミススペルで、DIME編集部には多大な迷惑をおかけした。この場を借りて読者と編集部のみなさんに、本当にお詫びしたい。
原稿を書いた後、きちんと見直しをしないと、こういうことになる。でも、いまだになぜwrapと書いてしまったのか、自分でもわからない。ただ、こうしたミスをすぐに発見してくれる読者がいて、それを訂正できるのは、インタラクティブなネットメディアのいいところだ。みなさん、本当にありがとうございます。
では、前回予告したように、「日本人が英語が苦手なのは政府の陰謀」という話を始めよう。私のように何十年英語をやってもダメな人間ができるのは、本人のせいではなく、日本というシステムのせい、つまり、日本政府は一般国民が英語を話すのを望んでいないということを、書いてみたい。
グローバル化とネットによる世界のフラット化がどんどん進展する現在、いまさら、英語が必要か必要でないかは、論じるまでもないことだ。すでに、国境のない世界でビジネスをしている大企業は、社内言語をどんどん英語(世界標準語)に切り替えているから、もう少しすれば、「日本人に英語は必要ない。日本では日本語だけで十分暮らせる」という英語不要論も、意味がなくなるだろう。
また、「英語より美しい日本語をもっと勉強せよ」という自国文化中心主義も、それを英語(世界標準語)で発信できないかぎり、極東郡日本村として歴史から取り残され、世界遺産として珍しがられるだけになってしまうだろう。
そういうことがいやで、私は20数年前、娘をインターナショナルスクールに入れた。せめて、次の世代は英語で苦労してほしくないと思ったからだ。こう書くとかっこよすぎるが、正直、見栄もあった。また、横浜に住んでいて、親戚の子どももインターに通っていたので、コネもあった。だいたい、私のように英語が話せない純粋土着日本人の子どもをインターは受け入れてくれない。そこを、コネで入れてもらった。
だから、入れてから、私はものすごく苦労した。なにしろ、明日先生との面談があるというと、徹夜で質問項目を英語で言えるようメモして出かけた。当時の私の英語は、コーラを頼んでコーヒーが出てくるレベルだったから、父兄会などの学校行事はいつも冷や汗ものだった。
娘は2歳後半でキンダー(幼稚園)に入ったから、この世界を日本語と英語で同時に覚えた。猫とキャットを同時に覚えた。これを見て、小さいときからこうすれば、誰でもバイリンガルになれることがわかった。
ちなみに、娘が最初に必要だった英語は「おしっこがしたい」(I wanna pee-pee.)だ。これを知らないと教室でおもらししてしまう。
しかし、日本人が最初に習う英語はいまだに「I am a boy.」「This is a pen.」のたぐいで、こんな文は一生使わない。自分が男の子であること、ここにあるのがペンだということは、見ればわかる。つまり、こういう教科書をつくること自体、政府(文部科学省と英語教育の専門家たち)は、国民にわざと英語を話させないようにしているとしか、私には思えない。
小学校に上がる前、役所から通知がきて、学区内の指定の学校に書類を出すようにと言われた。それで、役所に行って「うちはインターなので、その学校には行きません」と言うと、窓口の人間は「義務教育違反ですよ。日本人なら日本の学校に行きなさい。インターは日本の学校ではないから、卒業しても上の学校に行けませんよ」と言われた。この国では、このように国民が自主的になにかを選択すると、お説教をくらう。
4月になって、その学校の校長から「お宅のお子さんの席は取ってあります。本当に来ないんですか? そんなことをしたら日本人になりませんよ」と、また説教をされた。しかし、私の考えは逆で、外国の言語と文化を学んだほうが、将来本当の日本人になる。モノリンガルで自国文化だけで育つと、じつは健全な愛国心は育まれない。
名作『ジャングル・ブック』で有名なラドヤード・キップリングは、母国の英国をこよなく愛した愛国心あふれる作家だった。しかし、彼はインド育ちである。彼は、「イングランドしか知らない人に、イングランドのなにがわかるか」という名言を残している。
キップリングがこう言ったのは20世紀初頭、まだ世界は帝国主義の時代だったが、21世紀の今日、この言葉が示す意味は、きわめて重要だと思う。グローバル化が進み、世界が一つの経済圏になるにつれて、グローカル(グローバル+ローカル)の視点が、ますます必要とされるからだ。
そんなこんなで、娘はその後中国語も話すようになり、トライリンガルになったが、この私はまだ英語すら満足に話せない。それでも、NHK英会話の元キャスターで英語の達人として知られる松本道弘先生の薫陶を受けたり、バイリンガルタレントのケビン・クローンと付き合ったりして、日本人がなぜ英語が話せないのか? その本当の理由がわかった。
答えは簡単。前記したように、政府の陰謀だからだ。
もし、あなたが私と同じように英語が苦手なら、それは自己責任ではない。
こう言うとまさかと思われるかもしれないが、あなたは政府のせいで本来ならやすやすとバイリンガルになれたのに、そうなれないのだ。
じつは、文科省も「英語教育が必要」と認め、2003年には「英語が使える日本人のための行動計画」というプランを打ち出して、小学校からの英語教育も始まった。しかし、教えているのはほとんどが、日本人教師。おそらく、私と同じくらい英語ができない人間が、子どもに日本語で話しかけ、英語を教えている。中学、高校にしても同じことだ。英語が話せない教師に英語を習うなどということは、はなからおかしな話だと思いませんか。
つまり、そういう教師を全部クビにして、英語ネイティブ教師に代える。これが、第一にすべきことなのに、文科省がそうしないのは、現在の英語教師の雇用を守っているにすぎない。
よく読み書きはできるが話せないという人がいる。英語は読み書きできればそれでいいという人がいる。また、英語は大人になってからでも遅くないという人がいる。が、これらは全部ウソだ。
あなたが日本語を覚えた過程を思い出してほしい。まず、お母さん、お父さんの話している言葉を真似するところから、子どもは言葉を覚える。そうして、話すようになり、学校に入って読み書きを覚える。順番で言うと「聞く」→「話す」→「読む」→「書く」だ。これを、中学からの日本の英語教育は、逆からやっている。こうすると、いつまでたっても話せない。つまり、文科省は、わざと日本人を英語嫌いにしているのだ。
さらに、日本人の英語コンプレックスを助長させているのが、中学、高校と6年間、大学に入ってからも教養課程で2年間、なんと8年間も英語の授業を受けてきたのにできないということだ。しかし、前記したように日本の英語の授業はインチキであるうえ、数字のトリックにあなたは騙されている。
というのは、8年間といっても、時間数が圧倒的に少ないのである。
英語の授業は、中学、高校とも、たいてい毎日1時間はある。そこで、週5日授業があるとして、1年を52週とすれば、5時間×52週=260時間となる。しかし、実際には夏休みも冬休みも春休みもあるので、授業があるのは年間約40週とすれば、5時間×40週=200時間となる。では、これを8年続ければ、何時間になるだろうか? そう、200×8=1600時間である。
この1600時間というのは、日数にすると、1600÷24=66.7で、約68日。つまり、たった3カ月余りしか、あなたは英語をやっていないのだ。
普通、留学生が英語漬けの生活を始めて、なんとか英語がわかるようになるのには、早くて半年はかかると言われている。つまり、中学、高校、大学と8年間も英語をやったからといっても、それではまったく足りない。日本人が英語ができないのは、この時間数の不足が決定的であり、英語が難しいわけでも、また、英語と日本語の言語構造の問題でもないのだ。
このように英語教育がインチキで、陰謀が張り巡らされてきたおかげで、日本では一時期英会話スクールが大儲けをした。単に英語が話せるだけのネイティブくんを連れてきて教師にし、高額な授業料を取ってきた。しかし、「駅前留学」のNOVAは潰れ、NOVAウサギはどこかに行ってしまった。
もはや、子ども手当、高校無償化などどうでもいい。それだけの予算があるなら、本当の英語教育にもっと税金をつぎ込めと、私は言いたいのである。そうでないと、将来世代もまた私のように英語で苦労して、無駄なお金をつぎ込むことになる。
ITも大事だが、英語はもっと大事。これが、今回の結論です。
(なお、こうした英語教育の欠陥も含めて、いまの日本で起こっている本当の問題をルポした本を今度出します。タイトルは『資産フライト』。10月20日発売ですので、ぜひ、読んでください)

WRITER PROFILE
山田順
『女性自身』編集部『カッパブックス』編集部を経て、光文社ペーパーバックスを創刊、編集長を務める。日本外国特派員協会(FCCJ)会員。2010年、光文社を退社し、フリーランスに。近著に『出版大崩壊 電子書籍の罠』(文春新書)。川崎順平、神山冴などのペンネームで、著書多数。