2011.12.18
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担当:
新津隆夫
ミラノのドゥオモ広場に今年もクリスマスツリーが登場した。まさに僕がミラノに住み移ってきた15年ほど前から始まった習慣だ。では、それまではどうしていたのかというと、イタリアではクリスマスツリーは一般的な装飾品ではなかったのである。
イタリアではクリスマスをキリストの生誕日を意味するナターレと呼ぶ。ゆえに、ナターレの装飾品は、キリストが生まれた馬小屋を再現したプレゼピオ(馬小屋にある草やり用の桶の意。別名・プレゼペ)を飾るのが伝統的習慣。
実際、1997年に僕がイタリアに住み始めたときにはミラノ最大の百貨店、リナシェンテにはクリスマスツリーはほんのわずかしか売っておらず、家庭でプレゼピオを作るための人形やら馬小屋やらのミニチュアがメインだった。そのときに聞いた話では、プレゼペは見た目に地味なので、教会がお金を出し、もっと賑やかに町を飾った方がいいのではないかと提案したのだとか。
ということもあって、この10年間で件の売り場は逆転。「プレゼピオなんて古臭い」と言わんばかりに、ホームセンターなどでも高さ2メートル以上もあるツリーが売られるようになった。昨年はこのドゥオモ広場には、ティファニーの提供で巨大ツリーの下に臨時ショップが登場し、派手さを極めた。
ところが、流行り廃りは繰り返すもの。この数年は、少しづつだがプレゼピオが復権。ミラノ北駅(カドルナ駅)には大きなガラスケースに収められた厳かなプレゼピオがお出ましになった。電車の発車時間まで、このプレゼピオに見入る人も多い。
思えばこの15年間は第二期ベルルスコーニ政権でアメリカ追随型の経済優先の社会であった。イタリアにおいてもグローバル化が叫ばれてきた。しかし、結果的にはそれは失敗に終わり、ベルルスコーニ首相の退陣とともに、イタリアはIMFからの巨額融資を受けなければデフォルトの危機にあったともいう。
今、イタリアはグローバリゼーションからローカリゼーションの方向へと舵取りをしつつある。プレゼピオの復権は、まさにその動きを表すものなのかもしれない。

WRITER PROFILE
新津隆夫
1997年からイタリア・ミラノ在。トレンド、ファッション、グルメ、カルチャーなど居住者の目で見たイタリア情報を発信中。著書に「丙午ウーマン」(弊社)、「イタリア発 ブランド通り」(三笠書房)、「会社ウーマン」(朝日新聞社)など。RKB毎日放送「中西一清スタミナラジオ 」にも出演中。http://blog-takao212.at.webry.info/